グループチャットで
十二号室の晩ごはん
和樹がそのチャットを作ったのは、ある火曜のことだった。十二号室の菊地さんが、ギプスをはめた足で人に支えられてタクシーから降りるのを見た、その十一分後だ。名前は「登美子さんの晩ごはん」。同じ棟の九人を追加し、表を一枚上げた。三週間、一晩につき名前を一つ。魚は召しあがりません、しその入ったものならなんでもお好きです、と注をつけた。日曜は二回とも自分の名前を入れた。みんなが忘れるのは日曜だからだ。
ストーブの火を絶やさない人がいるように、和樹はチャットの温度を保った。ある学生が、自分はパスタしか作れないんですが、と遠慮がちに書くと、「パスタは最高です。ご本人が食べたいとおっしゃってました」と返し、そのあと、それが本当かどうかを確かめに菊地さんの部屋の戸をたたいた。木曜のきのこと押し麦のスープの写真を上げた。ハートが十四個ついた。
そして金曜、大野さんが書いた。「このグループは通知が多すぎます。玄関に表を貼れば同じ用は足ります。ミュートします」。和樹は廊下でそれを読んだ。顔が熱くなった。みんなの前で声に出して言われたかのようだった。ある意味では、そのとおりなのだ。さかのぼって自分の書きこみを数えた。十日で十九件。いま見ると多く見えた。
「みなさんすみません、控えめにします!」と打って、消した。傷ついたように聞こえるからだ。「表のこと、いい案ですね」と打ち、それも消した。玄関に貼った表は、パスタで大歓迎ですと遠慮がちな学生に伝えてはくれない。結局、何も投稿しなかった。そして夕食のあいだじゅう、その何もなさを感じていた。「マンションのチャットで、おれはしゃべりすぎかな」と妻に訊いた。「菊地さんが十日間ちゃんと食べられてる、とは思うけど」と麻美は言った。
九時、あの学生が個別に書いてきた。「またぼくのパスタを、と頼まれました。入れてくださってありがとうございます」。和樹は三回読んだ。それから当番表を印刷し、大野さんのために玄関のドアへテープで貼り、チャットに戻って、土曜の担当にしそのことを念押しした。