グループチャットで
送別会に芋ようかん
桃子はその朝四本目のボイスメッセージを、歯をみがきながら吹きこんだ。おかげで、聞くほうにはいっそう聞きとりにくかった。カフェの従業員チャットは「チーム・エスプレッソ」という名前で、きょうの話題は土曜の送別会だった。海外へ引っ越す、お菓子担当の久美さんを送る会だ。ここまでに桃子が出したのは、横断幕の写真と、踊る猫の動画と、久美さんのあのひどいバンダナを全員が一枚ずつ巻くという案と、そのバンダナ案に自分で笑っているだけでほぼ終わる四十秒の録音だった。
チャットは大喜びだった。全体を味わい直そうとさかのぼって、そこで穴に気がついた。洗い場に入ったばかりの梓が、全部読んでいるのに、一つも書いていない。火曜の梓が目に浮かんだ。流しの前で、冗談に半秒遅れて笑っていた。誰が誰なのか、まだ覚えている途中なのだ。
もっと上のほう、ほとんど埋もれかけたところに、店長の浩介さんの書きこみがあった。「別件。30日の棚卸に二人必要です。それと、久美さんの発注表は誰が引きつぎますか」。桃子の目はその上をすべっていった。銀行からの郵便の上をすべるときと同じように。三十日はずっと先だ。発注表というのは、要するに縦の列だ。あとで返事をしよう。あとが来たら。
けれど梓は、いまのことだった。桃子は個別のチャットを開いて打った。「ねえ! 土曜、来るよね? いてくれないと困る。それと大事な質問。お菓子、作れる?」。すると。「芋ようかんなら作れます。母のレシピで。それでもいいですか」。桃子は本当に手をたたいた。「いいに決まってる。みんなに言って。悲鳴があがるから」。一分後、梓の初めての書きこみがチーム・エスプレッソに現れた。返事をした九人のうち、一番乗りは桃子だった。
その日の午後、店で、浩介さんがコーヒーミルのそばで桃子を呼びとめた。「棚卸。発注表。読んだよね」。顔が熱くなった。「読みました。返事しようと思ってて」。浩介さんは待っていた。桃子は縦の列のことを考え、久美さんがいなくなることを考え、誰かがやらなければならないのだと考えた。「棚卸、私を入れてください」と言った。「それと、あした表を見せてください。ゆっくりで」